pen

人生を降りられない人、全てを捨てて決断できない人

凹み

久々に食らった。

今日は自転車で転けて、ほぼほぼ私のミスではないことで仕事がややこしくなり責任を感じて解決のために気を揉み、こちらは純粋に私のやらかしで大事には至らないがでかいミスを起こした。そのせいなのか寒さのせいか頭痛を引き起こし吐き気と戦っていた。

散々な日だった。

あまりのしんどさに「もう仕事辞める!」と喚いた。

自分で気をつけていたつもりでも、とんでもないミスをしていた時、どうしようもないみじめさ、落胆を感じる。ここまでして直らないなら辞めるしか無い、という短絡的な思考に陥り、かなり凹んだ。やらないといけないことはたくさんあるけれど、なかなか手をつけられずにいる。

辞めるつもりで、頑張ってみようかな

仏にも聖母にもなれない

 無性に死にたくなるし、無性にメンタルがぐらぐらする。月に一度の血祭りDAYは終わったばかりでホルモンバランスは悪くないはず。きっと職場で大掃除をしてたくさんの埃を吸って体調が悪くなっているせいだろう。いつも私はハウスダストアレルギーで鼻水やくしゃみが止まらなくなり、熱っぽくなりフラフラする。そしてそれに伴い、無事メンタルもおかしくなる。

 

 平沢のというかP-MODELboatをでかいテレビで流しながら、まともな服も着ずにアイスの棒を咥えながらパートナーにもらったMacBookでこの記事をかたかた打ち込んでいる。

 

 宿直業務をこなして一日空けていた家に帰ってくると、水槽の中にいつもいる大きな紅がいなかった。ゴミ箱を探しても見つからず、もう埋められてしまったかなと、ふとリビングの机に目をやると、可愛がっていた私のかわいいかわいい大きな金魚が皿の上に乗せられていた。ご丁寧にもキッチンペーパーが敷かれた上に、私のおもちちゃんとこの間の祇園祭ですくってきた金魚2匹。煮干しのような匂いでそこまで不快ではないが、干からびている。そっと表面を撫でてみるがかさかさしていて、指の表面から微かにでこぼこした感触が感じ取れるだけだった。人は濁った目のことを死んだ魚のような目と表現するが、私の愛した金魚の目はちっとも濁っておらず、透き通っていてこちらを見ている。生きている時よりもずっと私のことを見つめている。

 たかが、金魚。500円で釣ってきた10センチほどの赤と白の混ざり合った模様が美しかった金魚。たかが金魚。このたかが金魚のためにパートナーが車を出してくれて大きな水槽を買ってくれて遠出して水草も買いに行き、可愛がっていた。

 なんとなく弱っていたのかもしれないと思っていたが、まさか私が家を空けている間にいなくなるとは思っていなかった。宿直から帰ってきたら水換えをしようかなと思っていた。3日前に水換えをしたからある程度は大丈夫だろうと思っていたが、甘かった。

 

 去年よりはずっとしんどくない。仕事に行きたくないと夜中に泣いたり、ミスしたことをずっと反芻したり、お酒を飲まないと眠れない日々ではない。生きるか死ぬかの瀬戸際ではない。それでもしんどいものはしんどい。

 私は選択が嫌いだ。自分で何かを選び取るのが苦手だ。選択権のない人生を生きてきた人間はレールの上で大人しくトロッコに乗っている。たまにレバーがあって左右どちらに進むかを決めるだけ。社会人になってパートナーと付き合って、同棲して、初めてトロッコから降りて自分の足でいろんな場所を歩き始めた。ものすごく苦痛で恐ろしくて精神に負荷がかかった。もう一度カウンセリングも受けた。とにかく自分を整理したくて、ほんの少しのひとり旅に出たりもした。まだまだ変化は嫌いだ。パートナーの就職先についていくか、転職するか、出産はいつするのかどこでするのか、そもそも私に子供を育てられるのか。

 

 子供と対面する時、自分に余裕がなく、子供が反抗的な態度やわざと私を怒らせようとする際、私の中に「暴力」というコマンドがカッと差し込まれる。しかも必ず、私よりも小さい幼い子供に対して。だから私は怖いのだ。いつかの親のように暴力で己の子供を支配しようとする。絶対にする。今私がそれを行なっていないのは、周りの目があり、目の前の子どもと血が繋がっていないからであり、社会的な立場があるからだ。

 

 パートナーには何度も話している。いつか私は子供を殺す親になると。パートナーは笑ってそんなことならないと思うけどなぁと言ってくれるが、彼は私の内側の暴力性を知らない。

 自分が虐げられたからこそ、受けた傷を私は誰にそのまま同じように返せばいい?傷を傷のままにして、私は殴られっぱなし?振り上げた拳はどこに下ろせばいい?

 そういうことを私は考えてしまう。仏にも聖母にもなれない。

 でも、きっと殴ってしまえば私は死ぬほど後悔して、罪悪感に駆られて自分を呪うだろう。そういうチンケな自分がいることが酷く悔しい。暴力というコマンドが浮かび上がることなどない人間でもなく、殴ることを躊躇しない人間でもない。どっちつかずの人間。最悪だ。

 

 どうか、私をいい人間にしてください。

12月に書いたやつ

喧嘩が増えた、ような気がする

 

私は基本的に人と一緒に暮らすのが苦手だ。洗濯物は溜めてギリギリまでしないし、洗い物をしたくないから紙コップや紙皿を使うし、22時半〜23時半にやっと退勤して疲れ果ててそのままベッドで気絶するなんてことはほぼ毎日のようだった。部屋は足の踏み場もなく、ぐちゃぐちゃで、秩序なく物が置かれていて、どこに何があるかすぐわからなくなる。そんなこんなだから、到底他人と一緒に暮らすのは難しい。それに、一人の時間がないと落ち着かないし。

 

本当に些細なことではあるが、喧嘩になった。

酔った勢いで色々ぶちまけてしまった。

私と暮らしてて楽しくないだろう、私なんか家事もできないし、一緒に暮らしててパートナーはしんどい方が多いであろうこと。

一緒に暮らしていく自信のないこと。多分ずっとパートナーに怒られると思うこと。

自分が家庭を持つこと自体無理だと思うこと。
プロポーズしてもらって、ものすごく嬉しくて、結婚したい!と思ったけど、私には結婚なんか贅沢できっと無理だと思うこと。家庭を持つことも子供を産むことも、トラウマの再生産でしかなくて、パートナーを今みたいに困らせると思うこと。パートナーには、もっと私の他に可愛くて優しくて合理的で正しい良い人がいると思うことと謝罪。

 

なんだかんだ仲直りはしたけれど、根本の解決にはなっていないと思う。向こうから謝ってもらっても、私のダメさ加減は変わらない。

最初の頃より慣れてきたでしょ?だから大丈夫だよ、と言ってもらえたが、同棲に慣れようが、トラウマの再生産であることは変わりない。

 

はやく死ぬか、全ての人間関係を絶って失踪したい。どこか遠くのあたたかい海か、島に逃げ込んでしまいたい。

カイロ

0時。

仕事からの帰り道、寒空の下、かじかむ指でこの文章を打っている。

後輩の子が宿直で、少し仕事場が荒れており、後輩の子が泣いてしまった。別の職員が通りがかって、色々話をし、なぐさめ、やっと退勤。後輩にはカイロとホットアイマスクをあげた。帰りが遅くなるのは問題ないが、仕事について考えると、自分の無能さ、力不足に嫌気がさす。かと言って、努力するエネルギーが枯渇している。常に走り続けられるエンジン、もってたはずなのになぁ。

そう思いながらとぼとぼ歩いていると、戦え!何を!?人生を!がイヤホンから流れてきて、ちょっと救われた気持ちになる。

そうだな、戦わなくちゃならない。学生時代は、もっと尖っていて、責任感があって、自分の能力としてはマシだった気がする。

ライフワークバランスなんか必要ない、常にワークな自分が好き。そんな、あの頃に戻りたかったりする。

浄土

人はあっけなく死ぬ。人にそうとわからぬサインを残して、さっさと死ぬ。あぁこれが彼彼女なりのサインだったのだろうか、という違和感にも満たないサインを周りに残して死を選ぶ。

びくびくする。身の回りの人間のサインに気付かずに他人を殺してしまうのは。

いつものように死にたいと願っているわりには他人に死んでほしくないし、私のことを大事に思ってくれる人間の心中を察すると死ぬに死ねない。

あの時私にできることはあれ以上なかったと思う。電話をとって、たまにはこっちに帰ってきなよ、しんどくないか?友達はできたか?いっぱい遊べよ。いつも通り少し自嘲気味に笑い飛ばすような喋り方をするあの人は変わりなく。

人の死に、私は鈍感だ。いつかどこか遠くで会える、今はまだ会えないだけ。なぜかそう感じてしまう。確かに生命活動をやめた親族も友人も先輩も生きる世界が異なっただけというふうに。自分が死に近付きたいからだろうか。いつも、あぁ……!と思うだけで、悲しみは少ない。逝ってしまったのか、もうこれ以上仲良くなれないのか、同じ時間を過ごせないのか。悲しみが確実にあるくせに、実感を伴わない。薄情な人間かもしれない。いつか自分が死にゆくさだめなのを理解しているからなのか?自分がそんな達観している人間だとも思わないが。

隣人よ、死を選ぶな。生きていてもそこまでいいことはないが、どうせなら輪廻転生の輪から外れられるほどの徳を積んで悟りを開け。蓮の花が咲くあたたかい浄土へ行けるかもしれないから。もう人間に生まれなくて済むと思うと幸せだろう。

体調

 

9月末。血液検査3回、点滴4回。

針を刺される感覚は何度やってもそんなに慣れないし、緊張で汗がぶわっと吹き出る感覚がいやだ。

4日も病院へ通うとちょっとだけ先生や看護師の人と仲良くなれた。点滴を2回する日なんか、朝と晩通った。ここの病院はいつもビートルズが流れていて、というかビートルズしか流れないのがずっと気になっていた。ある日、やたらと院内が静かなことに気付いて、ビートルズが流れていない!とわかると、これはチャンスだと思った。点滴の準備をしてもらっている間に、看護師さんへ、今日は静かですね、いつもビートルズが流れているのに。と勇気を出して言ってみると、あらほんとだ曲消えてるね、そうなの院長がビートルズ好きでね、と教えてくれた。数ヶ月前に一度来ていた時から気になっていたので、嬉しかった、ただそれだけ。

高熱が出たのは、宿直の日だった。出勤前にいつも通っている整体へ行った後、なんとなく身体がだるくて、なんか…仕事にほんとうに行きたくない…しんどい…と恋人に泣きつきながらも頑張って仕事に行った日だった。熱は微熱からどんどん上がり、38度5分出たら帰らせてもらおうと思っていたらそこを飛び越して39度1分だった。

けれど、なぜか自分の中で帰るという選択肢が無くなって、解熱剤を飲み飲み身体を騙しつつ働いた。宿直の夜が明けて朝になると、夜よりはマシではあったがやはり微熱。重くてだるい身体を引きずりながら退勤して、病院の予約をして家に戻って少し休むと39度6分。そして病院の受付を済ませ、発熱者用の裏口で待ち、熱を測ると40度。流石に自分でも40度あるとは思っていなくて、40度!?!?笑笑と、笑いが出てしまった。看護師さんが、指先に脈とSPO2を測る機械をつけてくれると、脈が120。こ…れはおかしいね、ちょっと待っててね、看護師さんが裏へと引っ込む。最初はベッドに座って待っていたけれど5分〜10分ほど経過したぐらいで、しんどすぎる…ちょっと無理かも…とこっそりベッドに横たわって休んだ。寝てもいいのかな…でもこんなにしんどいしな…と、こんなにもしんどい時でも色々気にしてしまうのがなんだが嫌だった。

1度目の血液検査の結果は悪く、結果がその日のうちに出ていたら入院させていたとお医者さんは言っていた。炎症の数値が普通の人が0.3、ひどい風邪で3、10以上からは入院検討。私の数値は12。それを聞いて、その日は1日、自分ってもう死んじゃうのかなぁ、遺書書いといた方がいいのかな、私が死んだら少ないお金だけど恋人に渡してもらえないかな、いろんなことを考えた。

まぁ結局ちゃーんと熱は下がって血液の炎症も抗生物質の点滴打ちまくりのおかげで数値も徐々に徐々に落ち着いて行った。

 

ここ最近はよくわからないタイミングで咳が出るぐらいで、体調的には元気ではある。

でも、カウンセリングの予約の電話は無視しまくっているし、自分の人生が嫌になる。変わるのは怖い。さようなら。

 

不安

不安になる。

ホルモンのせいだとはわかっているけど、どっどっどっとした不安が流れ込んできてそこに居座る。帰って欲しい。

生理が10日ほど遅れているせいか、普段荒れない肌が荒れているし、謎の不安に襲われて眠れない。でもこれは3時間もお昼寝したせいもある。

何か追い立てられるような落ち着かない気持ちになる。運動すれば良くなるかと思い、軽く走ってみる。そのおかげで、スニーカーを洗ったり、風呂掃除をしたりと普段やる気が出なくてやらないことを頑張れた。でも寝ようとすると不安になる。いつも隣で寝ている人は今日はいない。

少しでも早く眠れますように。でも、今から作り置きのおかずを食べたり、スイーツを作ってもいいな。眠れないのには慣れているから、別に焦る気持ちはないけれど、この不安だけはどうにもうまく飼いならせない。